「トントン拍子」と「貧乏神」のお話し

「偶然を偶然、同じことは2回はない。」と念仏のように自分に言い聞かせる人は、偶然がおきにくい体質になる。


こんにちは、「事業経営と集客を体系的に学びたい個人事業者の為の人気教室学園」校長の齊藤直です。

先日、学園生用のTwitterにある書き込みをしたら、反響が良かったので、昨日はソレを、公開Twitterにも書いておきました。


トントン拍子


世の中には「トントン拍子」という言葉がありますよね。

・トントン拍子に話が進んで
・今日は、トントン拍子に仕事が入ってきて


なんていう使い方をします。

この「トントン拍子」って、まさに「偶然」から生まれますよね。

この偶然、「疑わずに受け取れる人」と「疑って受け取れない人」がいます。

偶然を疑わずに受け取れる人は、トントン拍子の波でサーフィンを楽しむことができるので、偶然の連発が次々に起き、どんどん結果が出やすい体質になります。

その一方で、偶然を疑って受け取れない人は、「偶然は偶然。同じことは2回はない。」と念仏のように自分に言い聞かせる為に、偶然がおきにくい体質になり、成功がどんどん遠ざかっていきます。

これ、ウソみたいだけど、本当の話。

貧乏神


似たような話で、商売人でありながら、貧乏神に取り憑かれている人のお話しがあります。

貧乏神とは無縁の商売人は、

・高額商品を買ってくれたお客さん
・自分の商品やサービスで喜んでくれたお客さん
・月商の伸び率

に着目しなら商売ができるので、商売がどんどん伸びます。

一方、貧乏神に取り憑かれている商売人は、

・安い商品しか買わないお客さんの一言
・喜んでくれる声よりクレーム
・売上ではなくお客さんが●人減った

などにしか着目していないので、商売(人気や売上)がどんどん右肩下がりになります。

これも、ウソみたいな本当の話。

ちなみに、あなたはどちらの商売人ですか?

「気のせいだよ」もいいけど「気にしてみる」もいい


上記、「トントン拍子」のお話しも「貧乏神」のお話しも、「そんなの気のせいだよ」といえば、ソレまでかも知れませんが、その「気」だって、

・気を引く
・気にする
・気になる


という言葉が日本にはあるわけですから、「気のせいだよ」で片付けるのもいいですが、ここの部分を「ちょっと気にしてみる」のも、いいんじゃないのかなって、思います。

僕はただの人間なので、「トントン拍子」も「貧乏神」も目には見えませんが、これまで実数(延べ人数ではなく実数)で、1,000人くらいのコンサルティングをしてきた経験を元に考えると、この2つのお話しは、ほんとうにあるんじゃないかなって、考えています。

だったら一度やってみてもいい


ほんとうにありそうなら・・・

一度、トントン拍子の波にのり、また、貧乏神とは無縁の商売をしてみてもいいですよね。

だって、ソッチのほうが、絶対に楽しいんだから。^^


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